授業者
- 白石範孝(明星大学教授)
- 藤平剛士(相模女子大学小学部)
第3回目となる「白石範孝の教材研究オンラインセミナー」では、子どもの「問い」からの授業づくりをテーマとして開催された。自発的な「問い」につなげる方法と論理的な「問い」の解決方法について、教材分析のワークショップと、模擬授業を通じた講義を実施。今回の模擬授業では小学校3年生の教材でもある「モチモチの木」を通じて授業づくりの考察をした。セミナーの後半では協議会と質疑応答も行われた。
目次
1. 授業における子どもの「問い」とは
今回も明星大学教授の白石範孝先生のワークショップからセミナーは開始した。
『子どもの「問い」からの授業づくり』が今回の大きなテーマとなっているが、そもそもなぜ「問い」が大切なのか。
それは、子どもが自発的な「問い」をもてば主体的な学びが実現できると考えているからである。
実際の授業では、教師が「問い」を出してしまいがちだが、それでは子どもが自ら「問い」をもつことは難しいであろう。
なぜなら、主体的な学びには、子どもの「できない、分からない、迷っている」などの素直な悩みから生じる「思考のズレ」が必要だからだ。
子どもの「思考のズレ」を引き出す為には、教師が設定する課題(活動指示)を明確にすることが大切。
それによって、子どもの思いや考えが表現され、自らの「問い」につながるのである。
教師が出した課題に対して、「できない」「わからない」などの悩みや迷いでさえも、「思考のズレ」になり「問い」が生まれるのだ。
そのため、教師が出す課題および活動指示は、授業のはじめの段階で出しておくことが重要。
教師が出すものは「問い」ではなく、「活動指示」でなければいけない。
これを基本の考え方として授業を展開していくことが必要だ。
2. 白石範孝先生のワークショップ―物語の読みの「問い」づくり―
物語の読みで「問い」をつくるとはどのようなことなのか。
白石先生は、まず物語を読むうえでの必要なポイントを解説した。
「木を見て森を見ず」という言葉があるが、物語を場面ごとに切り取って見てしまうと、全体で言いたいことが見えてこない。
物語を読む際には、「森を見て木を見る」ということが必要である。これが作品を丸ごと読むということにつながるのだ。
一般的に物語は、「設定 - 山場 - 結末」の流れで書かれている。
この構成を始めの段階で理解し、物語全体を俯瞰して読むことが大事だ。
以降は宮沢賢治の『やまなし』を例にして具体的に解説した。
『やまなし』は難しいという声が多いが、それは「木を見て森を見ず」になっているからなのだ。
『やまなし』の構成を説明し、いわゆる額縁構造になっている事を説明。
読み手は物語の内容を理解する必要があるが、各文の視点に気づくと物語が何を言いたいか分かるようになるのである。
物語全体を俯瞰する読みについて以下のように考える。
・物語の構成をとらえて読む (設定-山場-結末)
・中心人物の変容を読む
・クライマックスをとらえる
例えば、課題として「クライマックスはどこ?」と子どもたちに出したとする。
自分の考えを表現できる子がいるかもしれないが、「クライマックスって何?」や、「どんなところか分からない」など、悩みや迷いももつ子もいるであろう。
この悩みや迷いが「思考のズレ」となり、問いにつながっていくのである。
つまり、「問い」の発生には思考のズレづくりが必要で、思考のズレからの問いづくりが重要なのだ。
そして、問いの解決には論理的に考えることが必要だ。「論理的」とすることで迷っている子どもの足がかりとすることが可能。
論理的な問いの解決の条件としては以下が挙げられる。
・表題の論理を糧として明確に解決できること
・用語、用法、原理、原則を活用して学びが成立すること
・問いに対する解決を明確にできること
これらの観点が授業の内容になっていなければ、論理的な問いの解決にはつながらない。
また、本当の国語の読みの学習にはつながらないのである。
以上の内容より、作品の特徴・趣旨を見つけて全体をとらえることの大切さを再度確認した後、ワークショップは終了した。
3. 模擬授業1:藤平剛士先生―語り手の存在に気付く―
藤平先生は相模女子大学小学部で実際に3年生の担任を受け持っており、普段の授業の生徒の反応も交えながら模擬授業が行われた。
模擬授業の冒頭では、どのように授業を設計しているか説明。
教科書は光村図書を使用しており、一年を通して以下の物語を教材として使用している。
それぞれの狙いとしては以下の内容が挙げられる。
1学期:登場人物の変化に気を付けて読む
2学期:物語に対する感想をもつ
3学期:登場人物について話し合おう
これらに共通する部分として「中心人物の変容を読む」ことがある。
また、ここで分かることは中心人物がこだわっていたものがそのまま作品の題名になっているということだ。
藤平先生は、それぞれの学期においてしっかり狙いを定める必要があると考え、「中心人物」と「こだわり」の2つを軸として学習していくことを設定しているのである。
中心人物の変化と語り手の視点に気付かせる
今回の授業のポイントは以下の通りである。
中心人物の変化を問うことで思考のズレを生み「中心人物のこだわり」と「語り手の視点」が作品を構成し、作品の心を生み出していることに気付かせる。
初読後、子どもたちは以下のように発言するだろうと想像していた。
・なんだ、豆太はやっぱり一人でせっちんに行けないんだ
・でも一人で医者様を呼びに行けたよ
・モチモチの木の灯も見れたしね
スイミーなどの他の作品の場合、物語が進むにつれプラスに転じていくことが多いが、モチモチの木は違う。
モチモチの木では豆太が最後もやっぱり変わらないことに、子どもたちは違和感をもつであろう。
そのうえで、藤平先生が考えた課題は以下の通りだ。
「豆太が一番大きく変わったのはどこ?」
子どもたちへのアンケートと言葉のカードで気付きを与える
実際の授業では子どもたちへ質問を行い、豆太は結局のところ変わっていないのか、それとも変わったのかについて全員に回答してもらい、その回答をもとに自分のネームプレートをホワイトボードに貼ってもらった。
みんなが見られるようにネームプレートはホワイトボードにずっと貼ったままにしておき、さらに途中で考えが変わった場合は移動も可能。
「先生は変わったと思う」と教師の考えを示し、根拠として豆太が一人で医者様を呼びに行ったこと、勇気のある子どもしか見られないモチモチの木の灯を見たことを挙げた。
一方、変わらないと回答した子どもは根拠として、豆太は最後まで一人でトイレに行けなかったことを挙げた。
そこで設定された「問い」が「豆太は変わったのか、変わってないのか。」である。
変わったのなら、どこが変わったのか。
この問いを解決するために以下のような活動を考えた。
子どもたちに物語に書かれている人物の「性格」や「気持ち」をカードに集めてもらうのだ。
これを「どんな子カード」と呼んで、たくさん集めさせたのである。
物語の小見出しごとにカードを分けると以下のようになる。
豆太、じさま、語り手の性格、気持ちが各小見出しに分けられた。
さらに、登場人物ごとに表に分類し色分けするとより見やすくなるであろう。
これによって場面ごとに整理して読み解くことができ、豆太などの中心人物像と言葉の獲得も可能だ。
その後、場面ごとに言葉を集め、どれが誰の思いなのか?ということを整理していった。
それを解決のヒントとしながら、語り手の存在に注目していくとどうなるか。
語り手がじさまを通して豆太に寄り添いながら物語を展開していく、読者をコントロールしているということに気づくだろう。
今まで学習してきた他の物語とは違った形で表現されているということの面白さに気づけるのではと、藤平先生は考えている。
4. 模擬授業2:白石範孝先生―「思考のズレ」から生まれた「問い」の論理的解決―
続いて白石先生の模擬授業が始まった。
授業のテーマは「思考のズレ」から生まれた「問い」の論理的解決だ。
白石先生は「一文で書く」活動を通して中心人物の変容を読む授業を行った。
「一文で書く」活動によって、中心人物である「豆太」は変容したのか、それともしていないのかという「思考のズレ」が発生。
このズレから生まれる「問い」はどのようなものなのか、どのように解決していくのか、授業で解説された。
作品を一文で書く
白石先生の授業では、子どもたちに物語を何度か音読してもらった後に「作品を一文で書く」という課題を出している。
中心人物ができごと・事件によって変容する話
具体的には上記の文の の部分を埋めていくことになる。
このように「作品を一文で書く」ということは、「森を見る」すなわち作品を丸ごと読むということになるのだ。
もし分からなかったら、そこには[?]を書いてもいいことにし、どの子どもも意思表示ができるようにしている。
モチモチの木を一文で書くと以下のようになる。
豆太が医者様を呼びに行けた事によって勇気を出せた話
実際に子どもたちに課題を行ってもらった場合、考えられる「思考のズレ」と「問い」としては以下のようなものが挙げられる。
この問いを解決していくためには、論理的に解決していくことが求められる。
小見出しから物語を読み解いていく方法について解説していこう。
小見出しから物語を読み解く
モチモチの木には5つの小見出しがあり、「語り手の視点」が重要になる。
語り手とは話の案内役であり、人物の言動や心、できごと、様子を語るものだ。
以上を踏まえて、小見出しとそれぞれの描写内容についてまとめると以下のようになる。
小見出しの1、2、5では語り手が豆太の様子を説明しているが、豆太の心は説明していない。
これに対し、小見出し3、4は「三人称限定視点」となっており豆太自身が語っているのが分かる。
小見出し3、4で豆太の願い、こだわりが書かれていることに注目だ。
一般的に物語は、最初と最後で変化するものだという意識があるが、上記の構成からすると1、5で豆太はおくびょうのままで変わっていないことになる。
一見すると豆太は変化しなかったのかということになるが、小見出し3、4を見るとしっかり変わっていることが分かるだろう。
ここでなぜ小見出し5で豆太はおくびょうに戻ってしまったのかという疑問が生じる。
それは、じさまが腹いたをおこした時は悲しくて一大事だったので、じさまを助けたいという優しさから豆太は勇気を出したのである。
あくまで大ピンチの時の特別な勇気であり、しょんべんに行けないのは別の勇気が必要だったからといえるだろう。
物語がしっかりと理解できていれば、子どもたちも「なぜ豆太がおくびょうに戻ってしまったのか」という疑問に同じように答えられるようになるのだ。
映像で共有された、白石先生の生徒のノートにもしっかりと答えが書かれていた。
授業の内容を振り返ると「一文で書く」なかで、「豆太」は変容したのか、していないのかという「思考のズレ」が生まれた。
この「ズレ」から以下のような「問い」が生まるだろう。
・中心人物が違うのではないか
・「豆太は変容している」か、「変容していない」か
・「弱虫でもやさしけりゃ」で豆太がおくびょうに戻っているのはなぜか
この「問い」を作品の基本構成と語り手の視点、そして「中心人物のこだわり」から論理的に解決していく問題解決学習を提案していきたいと白石先生は語った。
5. 協議会で授業を振り返る
パネリスト
司会進行:流田賢一先生(大阪府大阪市立堀川小学校)
授業者:白石範孝先生(明星大学)
授業者:藤平剛士先生(相模女子大学小学部)
小島美和先生(東京都・杉並区立桃井第五小学校)
船津涼子先生(東京女学館小学校)
協議会ではセミナー参加者のチャットによる質疑応答と、パネリストとして参加された先生方からの質問によって授業の深堀がされた。
セミナーのテーマでもある「問い」については、以下のような質問もあった。
「思考のズレから生まれる『問い』について、どのように子どもたちが納得して解決し着地させるのがいいと思うか?」
これに対し、藤平先生は授業で子どもたちと一緒に悩んだり議論したりするが、最後は子どもに委ねる。大事にしているのは一生懸命考えることだと回答。
白石先生は、昨今の文学の授業の流れとしては藤平先生の考えと同じと回答しつつも、国語授業の学びであるとすればやはり論理が必要だと答えた。
最後にセミナーの感想と、子どもの問いづくりで大切にしていることについて各先生方が意見を述べた。
小島先生
セミナーでは問いのもたせ方のヒントを得ることができた。
子どもたちが今までの学習で得たことを使って物語を読んだときに、どういった場所で思考のズレが生じるのか教材分析で見つけていきたい。また、それを活動指示として授業の最初に出していきたいと考えている。
船津先生
なかには始めから物語を読めてしまう生徒もいる。そういった生徒も含めて、分かったつもりになっていたけどみんなで読み解いていくなかで見つかる部分もある。授業をしてよかったと思える「問い」をもってこられたらよいと考えている。
藤平先生
教材研究で終わってしまってはダメ。子どもの問いをイメージしながら実際の授業の展開まで考えないといけない。課題によって授業を大きく左右してしまうので、ゴールをどこにするのか見つけるために教材研究しているのだと再認識した。教材研究・子どもの問い・授業の結びつけが大切。また、最初の課題づくりが重要だと考えている。
白石先生
課題の設定が命である。課題から思考のズレが生まれ、そこに教師がどのような論理で解決していくのかが必要。課題の見つけ方は、教材の特徴から掘り下げていくとよい。もし見つからない場合は、物語を一文で書かせてみると、課題が見つかることもある。
以上のコメントをいただいた後に、白石先生による閉会のことばでセミナーは終了となった。
6. 参加者の声
ワークショップについて
- 教材の分析がわかりやすくて、実際に書きながら説明してもらったので理解が深まりました。また、教材を読み解くときの語り手の視点の重要性が腑に落ちた気がします。
- 国語の授業をどのように行っていけばよいか、迷っているときの道しるべとなる内容でした。
- 今回もとてもわかりやすく教えていただきました。頭の中がスッキリと整理されました。学んだことを今すぐ使って教材分析してみたいと思います。
模擬授業(藤平剛士先生)について
- 実際の教室の様子が目に浮かぶような模擬授業で、大変楽しく、また共感しながら拝見いたしました。参考にさせていただきます。
- 子どもの考えも出しながらの模擬授業でしたので、分かりやすかったです。私自身もクラスの児童を想像しながら参加出来ました。
模擬授業(白石範孝先生)について
- 語り手ベースで進めていくという方法は、考えたことが無かったので実践してみたいなと思いました。
- 「ズレ」「問い」「論理的解決」と、先のワークショップで語られた内容と完全に整合されたもので、大いにその指導理論について納得がいきました。
協議会について
- 白熱した研究協議を見させていただき、自身ももっと教材をしっかり読み深めなければ、と強く感じました。
- パネリストの先生方の切り込んだ視点があり、一つの教材観だけでなく、いろいろな教材観に触れることができてよかったです。