特集 ちえをもちよる vol.7 安全に関する教育 肢体不自由特別支援学校における災害対策の取組 ―房総半島台風(令和元年)の経験を生かして―

執筆者: 佐藤弘行

|

特集「ちえをもちよる」第7回は、文部科学省特別支援教育課編集の季刊誌『特別支援教育』91号(2023年秋号)の特集「学校における安全に関する教育」から、記事を掲載します。

令和元年9月、 房総半島台風が関東地方に上陸し、千葉県を中心に甚大な被害がありました。そのとき、千葉県立桜が丘特別支援学校では、電源の消失やその復旧、学校再開に向けてさまざまな対応に追われました。
医療的ケアの対象となる児童生徒が多く在籍する肢体不自由特別支援学校において、停電をはじめとした災害への対応は大変重要です。佐藤弘行校長先生が、当時の経験と教訓を生かし、現在実施している防災拠点の整備、避難所運営委員の組織などについて、知恵を持ち寄ります。

令和元年9月9日の明け方、非常に強い勢力を保ったまま、私たちの学校のある千葉県千葉市に台風15号が上陸した。上陸時の中心気圧は960hpa、最大風速40m/s、三浦半島沖を通過し東京湾を北東に進み、上陸したのが千葉市という特異な動きをした台風で、上陸時の勢力は、関東としては過去最強クラスの台風であった。
当時私は、同市内にある肢体不自教育を担う千葉県立袖ケ浦特別支援学校(以下、「前任校」とする)に勤務していた。風雨が収まりつつあった午前六時半頃、すでに休校としていた学校に自家用車で向かった。大通りに出た瞬間、信号が消え、何本もの街路樹が倒れ、場所によっては倒木で完全に道路がふさがれている状況に我が目を疑った。まさに「一夜にして世界が変わってしまった……」そんな朝であった。

幸い、台風の接近が日曜日の夜から月曜日の朝であったことから、寄宿舎に生徒はおらず、休校にしておいてよかったと思う反面、今後どう対応すべきなのか、途方に暮れたのを覚えている。
隣接する市原市のゴルフ練習場の鉄塔が何本も民家の屋根に倒れているニュース映像をご記憶の方も多いと思うが、その後、激甚災害に指定され、長期にわたる大規模停電に見舞われた令和元年房総半島台風から4年になる。
この年は10月にも令和元年東日本台風の大雨による被害があり、災害対応に追われた年でもあった。特に、医療的ケアの対象となる児童生徒が多く在籍する肢体不自由特別支援学校において、停電をはじめとした災害への対応を大いに考えさせられた経験であった。
本稿では、令和元年房総半島台風での対応や避難所指定に伴う地域との連携について述べる。

(1)電源消失の恐怖
前任校は、千葉県こども病院(以下、「こども病院」とする)と千葉県千葉リハビリテーションセンター(以下、「千葉リハ」とする)と隣接しており、特に千葉リハとは、連絡通路で学校と直結しており、医療環境として大変恵まれた学校である。
台風当日の朝、私は普段なら自宅から20分ほどで到着する学校に一時間半近くかけて辿り着いた。すでに到着していた教頭から、停電はしているものの校内に大きな被害はないとの報告を受けたが、隣接する千葉リハもこども病院も停電しているようだという報告に不安がよぎった。停電の復旧については、全く見通しの立たない状況で二つの医療機関が自家発電に移行し、館内の電力供給で対応しているとのことであった。この情報は、人工呼吸器を使用している児童生徒たちの災害時の対応として、最終的には千葉リハで電源を確保させてもらおうと考えていた想定を大幅に見直す必要性を突き付けられることとなった。

(2)停電解消と学校再開に向けて
幸い、前任校の停電は、当日の午後2時頃、千葉リハとほぼ同時に復旧した。しかし、こども病院は、送電網の違いにより、終日復旧の見込みがなかった。
そのような状況下ではあったが、学校再開の検討を進めた。前任校の全校児童生徒の約四割は、こども病院の院内学級や千葉リハ内の施設に入園していたこと、校舎に目立った被害はなかったこと、停電が解消したこと、更には食材とメニューの工夫で給食の提供も可能とのことから、翌日から学校を再開することにした。加えて、設置している2台の発電機の動作確認などを行い児童生徒の登校に向けた準備を進めた。
一方、当時の本校の停電の復旧は時間がかかり、一旦復旧しても、再度停電するなど、不安定な状況が続き、更に数日間休校する対応をとらざるを得なかったとのことであった。

(3)その後の電源確保について
千葉県教育委員会は、この年の台風被害に対応して、特別支援学校に複数台のガソリン発電機の配置を進めた。例えば前任校では、従前から配備していた発電機と合わせ5台となった。その際、特にエンジン式の発電機に医療機器を直接接続しないほうがよいという、医療機関からのアドバイスに従い、人工呼吸器を使用している児童生徒が10名以上在籍していた前任校では、ポータブル蓄電池も合わせて二台導入した。これにより、交互に充電しておけば、必ず1台は、使用可能な電気を供給できる状況となった。
本校においては、昨年度より人工呼吸器を使用している生徒が在籍するようになったことから、発電機に加えてポータブル蓄電池の導入を進めている。
また、本校では、平成28年度に「再生エネルギー等導入推進基金事業」を活用して、22KWの発電量のソーラーパネル(写真1)を管理棟屋上に、合わせて既存の電気室脇に20KW/Hの容量の蓄電池室(写真2)を設置している。
本事業は、防災拠点への整備が目的であり、千葉市から避難所の指定を受け、本校に設置された経緯がある。このような防災拠点として、房総半島台風時の停電が続く休校中であっても、本校では学校の管理業務や家庭との連絡等の業務を滞ることなく進めることができた。このことは、人工呼吸器をはじめとする医療的ケアを必要とする児童生徒の電源確保の観点からも、このソーラー発電・蓄電施設があることは、非常災害時における安心できる設備の一つと考える。

管理棟屋上のソーラーパネル
(写真1)
既存の電気室脇の蓄電池室
(写真2)

現在この設備は、メンテナンス中で稼働を停止しているが、再稼働までのつなぎとして、前述のポータブル蓄電池の導入を進めた。加えて、電源確保の重要性を実感した房総半島台風の教訓を生かし、約200名在籍している教職員のうち、自家用車で通勤している職員に、二次電池式電気自動車(BEV)やプラグインハイブリット車(PHEV)を使用している場合には、非常時の電源供給への協力を依頼している。今後は公用車等の更新の際に、こうした機能をもった車両への置き換えができると、より柔軟に対応でき、学校現場の安心感は更に増すと考える。

千葉市では、多くの中学校区ごとに避難所運営委員会を設置し、地域住民と避難所を設置する学校、そしてバックアップする行政が連携する枠組みを設けている。
県立学校ではあるが本校も、近隣四自治会の指定避難所となっている。一方で、四つのうち三つの自治会は避難所指定が本校だけとなっており、避難所の開設時期・時刻によっては、在籍児童生徒との共存をどのように図るのかが課題となっている。
本校では、平成27年のユネスコスクール加盟を一つの契機として、「地域とつながる」をキーワードに近隣の方たちと避難訓練を実施するようになっており、その成果の上に、本校の避難所運営委員会の取組が行われている。具体的には、避難所運営委員会のメンバーである地域住民、市役所や区役所の職員、そして本校職員が年間5回程度、学校に集まって避難所開設に当たっての課題について検討している。また、避難所開設訓練(写真3)の準備等にも取り組んでいる。しかし、この3年ほどはコロナ禍の影響で、実際の避難所開設訓練や避難訓練は行えていないが、運営委員に限定したシミュレーションは実施してきた。
今年度は、委員を中心とした避難所開設シミュレーションを九月に実施予定であり、今後は徐々に住民参加の避難所開設訓練等、より具体的な活動の再開につなげていきたいと考えている。

避難所開設訓練の準備をする方々
(写真3)

更に、学校としても同じ時期に全校児童生徒を対象とした、大規模災害を想定した家庭への引き渡し訓練を4年ぶりに実施する予定である。この訓練には、避難所運営委員も参加し、肢体不自由のある本校児童生徒の災害対応時の様子を体感していただく機会にしようと考えている。特に、発災時に児童生徒が在校している状況は十分考えられることから、本校児童生徒と避難所利用の地域住民とが互いに共存して利用することを想定する必要があると考えている。加えて、今後は、コロナ禍の影響で中止していた学校祭等の地域開放を再開し、避難所開設委員のような地域のリーダーとなる方たちにも、少しずつ校内の様子や児童生徒たちの状態等を見てもらい、活動の充実につなげていくスタートにしたいと考えている。
また、コロナ禍の前には、地域の方たちを巻き込んでの炊き出し訓練を屋根のある作業棟ピロティ(写真4)で行った実績があることから、過去に整備した、独立した熱源としてのプロパンガス等(写真5)を再活用する取組も、今後避難所運営委員会と連携して進めていければと考えている。

屋根のある作業棟ピロティ
(写真4)
独立した熱源としてのプロパンガス等
(写真5)

毎年4月には、新しい学級担任を中心に学部・学級ごとに緊急時対応の確認を行うとともに、学部ごとに緊急時の状況を設定し、放課後に職員によるシミュレーションを行っている。5月には、全校での避難訓練を火災想定で行っている。
このような、訓練やシミュレーションを重ねる中で、人工呼吸器など大型の装置の付いた車いすの児童生徒は一階にするなど、教室配置を見直すなどの必要な工夫をしてきている。しかし、停電時の避難を想定した際に、まだ体が小さい小学部の児童は階段を使用しなくてもよい1階に配置するという従前の意識が強いためか、体も車いすも大きい高等部の生徒が2階の教室を利用している場合もあるなど、十分な対応に至っていないのが現状である。
近年本校では、令和4年竣工の新校舎が平屋で建設された。この新校舎は、これまでの旧校舎より一段低い敷地に建設されたが、現在の校舎側と同じ高さになるように高床式で建設され、スムーズに移動できるようになっている。更に高床式にしたことから、本来の敷地の高さに降りるための緩やかなスロープも設置されている。一方で、旧校舎は築40年近くであり、2階からの避難設備が幅の狭い階段と滑り台の組合せとなっており、前述のとおり、現在の児童生徒の障害の状況や車いすなどの大型化などから、決して実用的とは言えない設備となっている。数年後には大規模改修が予定されており、その際には車いすのまま2階から降りられる緩やかなスロープの設置を要望する予定としている。
当面の対応としては、小学部を2階中心に、高等部を1階中心にと、発想を変えて停電等エレベーターが使えないときの避難をより円滑に行えるように工夫していきたいと考えている。
コロナ禍による制約を乗り越えつつある今、様々な状況を再点検し、地域との連携を含め、引き続き子供たちの安全を第一に災害への備えを進めていきたい。

佐藤弘行(さとう・ひろゆき)
千葉県立桜が丘特別支援学校長

*本稿は、文部科学省特別支援教育課編集の季刊誌『季刊特別支援教育91号』30-33頁に所収したものです。掲載をご快諾いただきました執筆者の皆さまに、この場を借りて御礼を申し上げます。

令和6年(2024年)能登半島地震に係る災害義援金の受付について:石川県Webサイト