特集 ちえをもちよる vol.8 安全に関する教育 自閉症・情緒障害特別支援学級における防災教育の取組 ―自分で考えて行動できる子供の育成を目指して―

執筆者: 磯﨑有希

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特集「ちえをもちよる」第8回は、文部科学省特別支援教育課編集の季刊誌『特別支援教育』91号(2023年秋号)の特集「学校における安全に関する教育」から、記事を掲載します。

1995年1月17日午前5時46分、阪神淡路大震災が発生しました。神戸市内の学校では、毎年1月17日頃に震災・防災学習や震災集会を行っています。また、防災や減災に向けた取組等が乗っている独自の震災・防災学習の副読本『しあわせはこぼう』などを生かしながら、防災教育を実施してきました。
神戸市立井吹の丘小学校では、年3回の避難訓練で例年「教室から教師と共に避難し、避難経路の確認や命を守る方法について学ぶ訓練を行い、その講評を聞く」という活動を行ってきましたが、防災担当から「子どもたちが自分たちで考えて避難する訓練をしよう」と提案があったことをきっかけに、本年度は、全教職員でそのための研修をすすめていくことになりました。その内容を、自閉症・情緒障害特別支援学級における防災教育実践の具体として、磯﨑有希先生が知恵を持ち寄ります。

1995年1月17日午前5時46分、阪神淡路大震災が発生した。多くの尊い命が犠牲となった。大震災を風化させず、この出来事にじっくりと向き合う時間をとれるよう、神戸市内の学校では、毎年1月17日頃に震災・防災学習や震災集会を行っている。また、神戸市には、当時の様子や児童生徒の作文、防災や減災に向けた取組等が載っている独自の震災・防災学習の副読本『しあわせはこぼう』がある。この教材を使用して学習することは、児童生徒だけではなく教職員にとっても、当時の様子や防災・減災についての多くの学びを得る機会となっている。
本校でも、毎年1月17日に震災集会を行い、その中でゲストティーチャーを招き、震災に関する絵本の読み聞かせの会を行ってきた。こうして、大震災から28年たった今、私たちは子供たちに対して、語り継ぐことの大切さを感じるとともに、育成を目指す本質的な資質・能力に関する課題に着目し、取り組もうとしている。それは、「自分自身で自分の命を守ることができる子供を育てる」ということである。
本稿では、自閉症・情緒障害特別支援学級における防災教育の取組を紹介する。

本校では、「一歩前へ夢中になる今日を目指して」を教育重点目標に掲げている。防災教育の一環として行っている年三回の避難訓練では、例年、「教室から教師とともに避難し、避難経路の確認や命を守る方法について学ぶ訓練を行い、その講評を聞く」という活動を行ってきた。しかし、本年度は、防災担当から、「子供たちが自分たちで考えて避難する訓練をしよう」と提案があったことをきっかけに、全教職員でそのための研修を進めていくこととなった。
本年度1回目の避難訓練では、避難経路の確認を行うことを目的とするため、例年どおりの形で行った。夏休みの研修では、子供たちが自主的に考えられる避難訓練の実施に向け、まずは教職員が防災・減災についてのアンテナを高くもつために、大学教授を招いた研修を行った。それは、そのときどきの最適避難経路を選択し、教職員が避難する体験を通しての気付きを出し合うものである。子供たちが自分で考えて避難するためには、私たち教職員にマニュアル以上のものが求められる。
この研修を経て、2学期には、避難訓練を休み時間に設定することとしている。新たな取組に戸惑いも見られるであろうが、訓練後、子供と共に避難の様子の動画を見ながら丁寧に振り返りを行う予定である。自分がとった行動を客観的に振り返ることで新たな気付きを生むとともに、学び続ける子供の育成を目指したい。

本校には、知的障害特別支援学級、自閉症・情緒障害特別支援学級、肢体不自由特別支援学級の3学級がある。自閉症・情緒障害特別支援学級の子供は4人である。5年生Aは、聞き慣れている指示は理解し行動に移すことができるが、問いかけに対して、「はい」「いいえ」のどちらかで答えるのみで、言葉の表出に支援を必要としている。5年生Bは、語彙は多くはないが、嫌なこと、不快なことは「嫌だ」と伝えることができるようになるなど、言語によるコミュニケーションがとれるようになってきている。4年生Cは、知的な遅れは軽度であるが、情緒のコントロールに支援が必要で、新しいことや知らないことへの不安感が強い。また、自分の思いは、信頼している教師を選んで伝えることが多い。人のことが大好きな2年生Dは、言語によるコミュニケーションがとれる。しかし、会話の成立のためには、本児の意識を話し手に向けておく支援が必要である。
学習場面では、活動内容によって知的障害特別支援学級の子供と合同で行うこともある。合同で学習した場面において、それぞれの子供の思考が広がったり、深まったりする様子が大いに見られたことから、今回の防災学習についても、合同で学習をし、「こんなとき、どうする?」という課題について、みんなで考えていくことにした。

(1)従来どおりの避難訓練
特別支援学級の子供は、それぞれ特性も個性も違う。とるべき行動について自ら考えられる子、考えられても実際の行動へ移すためには見通しをもてるようにする支援が必要な子、行動をパターン化することで動ける子、音に敏感で放送の音が鳴ったら耳に手を当てる等音の軽減の支援が必要な子、非常事態に対応することが難しく、手を引いたり、ときには抱きかかえたりする必要がある子……。
様々な子供たちがいる中で、毎年決まったルーティンで行われる避難訓練は、落ち着いて取り組めるものだった。火事が起こったときは、「お おさない」「は はしらない」「し しゃべらない」「も もどらない」という大切な合言葉を思い出すこと、放送をよく聞き出火元を確認すること、それが確認できたら運動場へ避難することについて、1学期の訓練でも、いつもと同じように動くことができた。また、地震が起こったときには、机の下にもぐって頭を守るという、決まった行動はとることができる。しかし、実際の災害は、いつ、どこで起こるか分からない。予想できないことに備えて訓練するということは、自閉症・情緒障害特別支援学級の子供にとっては非常に難しいことであると感じた。
そこで、子供たち自身が「この状況のときは……」と想像ができるような授業を行うことが大切であると考え、「こんなとき、どうする?」と、様々なシチュエーションを用意して共に考えることにした。

(2)「こんなとき、どうする?」の取組の実際
本校の防災教育の目標「自分で考えて行動できる子供」を目指すために、「こんなとき、どうする?(火事)」といった具体的なシチュエーションを想定した授業展開とした。「1.勉強中 2.トイレにいるとき 3.掃除中 4.先生がいないとき」の四つの場面に分けて考えた。「1.勉強中」では、今まで積み重ねてきた避難訓練の経験が生きており、「ハンカチで口を押さえる」「放送を聞いて、出火元を確認する」「避難する」といった答えがスムーズに返ってきた。何度も繰り返し訓練することの大切さを実感する瞬間だった。

「2.トイレにいるとき」では、昨年度の防災学習で学んだことのある内容ではあったが、どのように動けばよいか、頭を悩ませていた。その中で出てきた答えが、「まずは、慌てず落ち着く」「パンツをはく」「ズボンをはく」といったことであった。その後、ある子供が「おしっこをしている途中はどうするの」と声を上げた。どうするのか、みんなで話し合った結果、「済ませてから避難するのがよい」という考えにたどりついた。こちらが用意したシチュエーションだけではなく、子供から「こんなときはどうしたらいい」という問いが生まれ、それを全員で共有することができた。
「3.掃除中」では、「持っている箒をどうするか」ということが論点となった。Dが「持っては逃げられないから、その場に置いたらいい」と言う一方で、Cからは「廊下の真ん中に置いたら次に逃げるクラスの友達がつまずいてしまうかもしれない」という意見も出てきた。話合いの中で、「箒やごみは廊下の端に置いて避難しよう」ということになった。

最後に、「4.先生がいないとき」というシチュエーションを提示した。「ええ、学校やのに先生いないの」「困る」「先生はどこ」といった動揺が見られた。いつも座っているはずの教師机に誰もいない写真を見せると少し実感が湧いたのか、「ううん……」と言いながら考え始めた。長い間考え込んだ後、Cが「自分で考えて……避難する」と発言した。それを受けて、他の子供が「自分じゃなくて、『みんなで』でいいんじゃない」と発言した。「一人で考えられなくても、一人で避難できなくても、『みんなで』『友達と』一緒だったらできるかもしれない」という考えに辿り着いたことからは、子供たち自身が考えを出し合う防災学習の大切さに改めて気付かされた。


学習のまとめとして、「どんなときでも最も大切なものは何だろう」と問いかけた。「頭」「体」と様々な考えが飛び交ったが、「一番大切なのは『命』だよ」と締めくくった。なぜこの言葉を選んだのかというと、本校の校長が折に触れて、「命を大切に」と子供たちに話しているからである。もしかしたら、「命」というものが分かりにくい子供もいるかもしれないため、パワーポイントのスライドにそれぞれの子供の顔写真を入れて、一人一人が大切であることを伝えた。「自分の命も友達の命も大切にできる子供になってほしい」という思いをそこに込めた。
今回の取組を通し、災害に備え自分の命を自分で守るために必要な力を付ける一歩を踏み出せたと思う。今後、二学期の避難訓練での子供たちの様子を見取った上で、更に個々の子供の実態や課題に即した取組を行い、日常生活に生かしていきたい。そしてそれは「命を大切にする」ための取組であることを常に意識するものでありたいと考えている。

防災教育は、特別支援学級においても、特別な指導ではなく、日常生活や学習で大切にしていることとつなげながら考え、「命」を守る行動をとれるような子供を育むものである。そのために、避難訓練の場においては、子供たち自身が具体的にそれを実践できるようにしていく必要がある。自分には何ができるのかについて考えること、友達が困っていたら、声をかけたり手を取ったりして一緒に安全に避難することを、実感を伴った理解の上で行えるようにしたい。
今後も「考え、話し合う→実践する→振り返る」のPDCAサイクルの中で、多様な実態の子供一人一人が実感を伴って納得できる授業づくりを探っていきたい。

磯﨑有希(いそざき・ゆうき)
神戸市立井吹の丘小学校教諭

*本稿は、文部科学省特別支援教育課編集の季刊誌『季刊特別支援教育91号』38-41頁に所収したものです。掲載をご快諾いただきました執筆者の皆さまに、この場を借りて御礼を申し上げます。

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