子どもの思い込みによる「思考のズレ」から読みを深める

子どもの思い込みによる「思考のズレ」から読みを深める - 東洋館出版社

授業者

白石範孝(明星大学教授)
東京都の小学校教諭、筑波大学附属小教諭を経て、現職。
著書に、『白石範孝の国語授業の教科書』『白石範孝の国語授業の技術』『白石流国語授業シリーズ』『白石範孝集大成の授業 全時間・全板書』シリーズ『白石範孝の教材研究ー教材分析と単元構想ー』『白石範孝の国語授業の教養』(東洋館出版社)など多数。

野中太一(暁星小学校教諭)
1970年生まれ。横浜国立大学教育学部卒業、同大学院教育学研究科修了。横浜国立大学教育人間科学部附属横浜小学校教諭、相模原市公立小学校教諭を経て現職。
著書に『活きてはたらく論理的思考力』(東洋館出版社)がある。

1. 子どもの「思い込み」を起点にし、問いを解決する授業づくり

ワークショップ

白石先生のワークショップの様子

国語の問題解決学習とは

ワークショップでは、まず「『物語』の授業では何を学ぶのか」を確認しました。
白石先生が繰り返し主張されている、「教材“を”教えるのではなく、教材“で”教える」つまり、「汎用的な読む力を育てる」ためには、「用語」「方法」「原理・原則」などの知識や技能を獲得していくことが重要です。
そして、それらの知識や技能をもとに、子どもたちが主体的に読み深めていくための学び方が「国語の問題解決学習」であり、その核となるのが「問い」であることなどが、解説されました。
「国語の問題解決学習」では、まず教師から「課題」を投げかけ、それを考える過程で子どもたちのなかに思考のズレが生まれ、そのズレを解決するための「問い」を設定します。この「課題」や「問い」を立てるために、教師がするべきは「教材研究」です。

教材研究のための10の観点と3つの鉄則

白石先生は以前より、教材分析の「10の観点」を提唱されてきました。そして新たに、その観点のどこに重点を置いて分析するかをとらえるための「3つの鉄則」が提案されました。

物語の教材分析の10の観点
  1. 1. 題名
  2. 2. 設定
  3. 3. 人物
  4. 4. 表記
  5. 5. 構成
  6. 6. くり返し
  7. 7. 視点
  8. 8. 中心人物のこだわり
  9. 9. クライマックス
  10. 10. 一文で書く
物語の教材分析の《3つの鉄則》
鉄則1 基本三部構成をとらえる
まずは、物語全体が、どう構成されているかをとらえます。基本三部構成をとらえることで、その物語の組み立ての特徴が見えてきます。
鉄則2「設定」をとらえる
物語で設定をきちんととらえておかないと、「何によって、どう変わったのか」も中心人物の変容が見えてきません。「伏線」も、設定の一つです。
鉄則3 中心人物の変容から主題をとらえる
物語の学習とは、「作者がその物語を通して描きたかったこと」つまり「主題」をとらえることが目的です。そしてその主題は、「中心人物の変容」によって描かれています。

観点と鉄則について、またその関連について解説いただいた後、教材分析と授業づくりを構想する上で大切なこととして、今回は以下の3点を挙げられました。

  • 設定の部分で「人物」をとらえる。
  • 山場で「くり返し」をとらえる。
  • 結末で「中心人物のこだわり」がどう変容したかをとらえる。

模擬授業

野中太一先生の提案授業「設定『時』から物語を読む」

ごんぎつねの設定のうち『時』に注目すると、『時』を表す言葉が3から6の場面でくり返し出てくることに気付きます。この気付きをとらえて、以下の課題を設定します。

野中先生の模擬授業の様子

課題

「ごんがつぐないを始めてから兵十にうたれるまで、どのくらいの日数があったと思いますか」

すると、「次の日も」「その次の日も」などの明示されている叙述のみをとらえて「6日間」とする考えと共に、「月のいいばんでした」の行間を、ここまでで数日の時間経過があるととらえる考えも出てきます。
実際、野中先生による問いかけに回答してくださった参加者の声にも、いくつかのバリエーションがありました。これこそが「思考のズレ」です。
野中先生は、この思考のズレから、「明確な日数を示す言葉がないときは、日数のとらえ方を広く想像させる効果がある」という知識の獲得を可能にし、また、このズレを解決しようと子どもたちが根拠をもって話し合い、読み深める過程で、この日数の長さこそが、ごんの「つぐない」に対する気持ちの深さや強さなのではないかと気付くということを提案されました。

野中太一先生提案授業まとめ

「ごんがつぐないを始めてから兵十にうたれるまで何日間あったか。」という課題から、子どもが身につけることができる知識や技能

  • くり返しの言葉に着目して、何が強調されるかを読むこと
  • くり返されるつぐないを比較することで、中心人物のこだわりの深さを読むこと
  • 行動描写、オノマトペに着目して、人物の心情を想像すること
  • 人物の会話文と行動とを結びつけて、会話文の裏の心情を読むこと

白石範孝先生の提案授業「子どもの思い込みによる「思考のズレ」からの読みの指導」

まず、「ごんぎつね」を初読したあとに生まれる子どもの思い込み(読み間違い)を確認しました。

  • ごんが兵十のおっかあを死なせた
  • 兵十にうたれてごんは死んだ
  • ごんは子ぎつねor小ぎつね

などです。今回は、このような思い込みを生む「物語のしかけ」を生かした授業づくりについての提案です。

白石先生の模擬授業の様子

本時では、3場面の「ごんは、うなぎのつぐないに、まず一つ、いいことをしたと思いました。」の一文を取り出し、「では、この後の『つぐない』は何回出てくるだろう」ということに意識を向けさせます。
そこで出てくるのが、やはり『時』を表す言葉です。
「次の日には」「次の日も、その次の日も」「その次の日には」「月のいいばん」「その明くる日も」という、『時』を表すことばの「くり返し」を確認することで、次のような課題が立ち上がってくるのです。

課題

「ごんは、なぜ、こんなにもつぐないをくり返したのだろうか」

この課題について考える過程で出てくる子どもの考えは

  • ごんのいたずらせいで兵十のおっかあが死んだから、お詫びしたい。
  • 子どものきつねであるごんは寂しかったから、兵十と友達になりたかった。
などです。これらは、実は子どもの思い込みによる読み間違いなのです。さまざまな考えを出す中でこの考えに対する違和感が思考のズレとなってあぶりだされ、次のような「問い」が生まれます。
問い

「おっかあを死なせたから、つぐないをくり返したの?」

解決の読み

まず2場面の、ほらあなの中でのごんの考えが書かれた「かぎかっこ」に注目させます。
このかぎかっこの中には7つの文がありますが、それぞれ、文末に注目することで、「事実」か「ごんが考えたことか」を分けることができるのです。そうすると、事実なのは3文目の「うなぎをとってきた」ということだけだとわかります。
ここで初めて、子どもたちは「ごんが兵十のおっかあを死なせた」ということが、ごんの思い込みであることに気付くのです。
また、3場面の「おれと同じ一人ぼっちの兵十か。」に注目し、危険を冒しながらも兵十に近づかずにはいられない、大人の小ぎつねであるからこその、ごんの孤独、寂しさに気付き、だからこそ「つぐない」を続けたのだということに気付くのです。

白石範孝先生提案授業まとめ
  • 「ごんは、うなぎのつぐないに、まず一つ、いいことをしたと思いました。」の一文を思考する起点として教師が提示し、その後「つぐない」がくり返されることを想起させる。
  • つぐないの回数を調べるために【時】を表す言葉に着目させる。
  • ごんの「つぐない」がくり返されることにあらためて注目し、そこまでこだわった理由を探るなかで、ごんの思い込みがあることに気付く。同時にそれは、読者に思い込みを起こさせる、作者のしかけであることにも気付く。

協議会

パネリスト
授業者:白石範孝先生
授業者:野中太一先生
関口佳美先生(東京都三鷹市立高山小学校)
流田賢一先生(大阪府大阪市立堀川小学校)

協議会では、模擬授業2本それぞれの授業者の振り返りと提案、またパネリストお二人からの感想や意見を交えての協議から始まりました。後半は、参加者からのチャットによる質問も取り入れて、物語の授業づくり全般について意見を交わしました。このレポートでは、その中から論点二つを取り上げて紹介します。

協議会の様子

論点1 中心人物のこだわり(キーワード)はどのように見つければよいのか?

野中:白石先生が解説された「設定」部分に書かれているのではないでしょうか。中心人物の行動描写、会話、心内語などに表れています。

白石:設定部分で中心人物の様子を読んでいくと、中心人物が「~したい、~なりたい」という願いや思いが描かれています。それこそが「こだわり」です。くり返し出てくる言葉はまさにそうです。

関口:はじめ(設定)でごんの状況をしっかり読むと、「ひとりぼっち」というキーワードが出てくる。それが、後の場面の「俺と同じひとりぼっちの~」につながり、また井戸の場面でもそのキーワードが生きてくる。いくつかの伏線と、最初の設定を往還しながら読むことができると思いました。

流田:ごんぎつねに描かれている「こだわり」とはなんだったのかを考えたとき、「いたずら」「つぐない」「ひとりぼっち」がキーワードになるのではないかと思いました。なかでも「つぐない」については、ごんの視点から考える「つぐない」と、兵十や村人の視点から考える「つぐない」では違うのではということを感じました。

野中:それこそが、伏線によって「つぐない」という言葉が概念化されていることだと思います。ごんの主観からは「つぐない」であっても、相手にとってはそうではないかもしれないということがあるということを、この作品を通して再構築されていくことが大切なのではないでしょうか。

関口:この物語のつぐないの主体はごんですよね。「ごんのつぐない」であって、兵十はつぐなわれていると思っていない。そこにすれ違いや違和感を感じ取る子どもが出てきたときに、そこを読み深めて、つぐないの奥深さを感じることができるのだと思います。

白石:この物語で「つぐない」という言葉は1回しか出てこないのです。ここに出てくるから、読み手は「つぐない」がくり返されていると思い込むのです。

野中:つぐないから始まった行為ですが、兵十への気持ちの高まりにすり替わっていくのではないでしょうか。

関口:月夜の晩に、「つぐない」から「兵十に認められたい」に変わっていったように感じます。

まとめ

叙述の中でくり返し出てくる言葉が中心人物の「こだわり」。この言葉がくり返される中で意味付けなどが変わり、それが中心人物の変容につながっていく。

論点2 思考のズレを生む課題の立て方、問いの在り方はどうしたらよいのでしょうか?

白石:私は、子どもたちが今持っている読みの力を知りたいときや、思考のズレをあぶり出したいとき、物語を一文で書かせてみます。

中心人物が、できごとによって、変容する(になる)話」

そうやって子どもたちの書いたものを見ていくと、まさにズレがはっきりと表れてきます。そのズレを解決するときにどんな論理を使うのかを考えればよいのです。思考のズレというのは教師が導かないと出てきません。教師は教えないといけないのです。

野中:授業の最後に合意形成で終わるのか、納得解で終わるのかで「問い」と「課題」は変わると思っています。形式面からの問いには正解があるので合意形成ができます。納得解は、解釈を問うような問いから生まれるもので、その妥当性は論理的であるか、説得力があるかということになります。

流田:白石先生が提案されている「課題」は直感的・感覚的な問いとしての活動課題であり、論理的・理論的な「問い」は中心課題のことだと理解しながら、その関係を考えながら聞きました。

まとめ

その単元で学ぶべきことや、子どもの実態などのゴールによって、教材研究は変わり、課題や問いは変わってくる。まずは目の前の子どもをよく見て授業の組み立てを考えたい。

2. 参加者の感想

Q. ワークショップについて

  • 白石先生の本で読んでいたことが、お話を聞くことによって理解が進みました。「くり返し」という観点をあまり重視していませんでしたが、どんなくり返しなのか、何のためのくり返しなのか、などの役割を考えながらこれからの授業に生かしたいです。
  • 国語授業で子どもたちに身に付けて欲しい「原理・原則」をあらためて理解しました。同時に、子どもたちが感覚的には気付けていて、発言しているのに、それを自分が価値付けできていなかったことにも気付きました。
  • 10の観点と3つの鉄則の関係性について理解できました。

Q. 模擬授業について

  • 「時」に着目する視点が新鮮でした。日数などのズレを解決する過程で身に付く知識や技能など勉強になりました。
  • 同じ教材で、同じように「時」を扱っていても、それぞれの授業の切り口は異なっていて、とても面白かったです。
  • 課題から思考のズレを引き出し、子どもの興味を惹き付けられる問いが立つまで、また話し合いをするなかで読み間違いに気付き、論理的にとらえ直すことで解決していく様が圧巻でした。
  • 観点をもって教材分析することで無理のない単元構成、授業展開になっており、とても参考になりました。また白石先生の授業を見たくなりました。

Q. 協議会について

  • チャットでの質問にできるだけ答えようとしてくださり、ありがたかったです。他の方の質問も勉強になりました。
  • 実際の模擬授業をした後に、その意図などを聞けたので、ハイレベルな話になったときも理解しながら参加することができました。

3. 今後の開催予定イベント情報